古河会議宣言

1998年5月20日から三日間、私たちは茨城県古河市に集まった。第7回を迎えた環境自治体会議は、過去6回の成果を受け継ぎながら、さらに新しい飛躍を準備すべく、6つの分科会に分かれて熱心な討議がなされた。

環境自治体の活動を成功させるには、市民と自治体がともに労苦を分かち合うことである。このことは今回の古河会議でも証明された。ではその努力は何にむけられるべきであろうか。私たちは、いま自治体が直面している具体的諸課題、すなわち廃棄物の取扱い、ダイオキシン問題、企業と行政との接点、森林の管理、CO2の削減など、個々の問題状況とその解決策を共有することができた。それとともに、国際的な自治体政策の動向やCO2削減の京都会議の結果をうけて、いま自治体が取り組むべき、共通の課題と共通の目標のあり方について討議を開始した。

いうまでもなく、自治体にとって最も大切なことは個性である。一律性や画一性の押しつけは百害あって一利なしだ。にもかかわらず、環境自治体会議があえて共通性をさぐるという冒険をしようとするのは、個性を尊重することを前提にしたうえでの共通性の発見が、いま急がれていると判断したからである。

環境自治体会議に参加する自治体はまだ40にみたない。日本の自治体の1%である。にもかかわらず、すでにこの段階で、環境自治体会議は、日本の自治体の環境政策のあり方に大きな影響を及ぼし、ひいてはその社会的責任を問われる存在までになった。私たちが動かなければ、日本の環境イニシアティブは十分に機能しない。このことを私たちは深く自覚すべきである。

古河は、かつての谷中村に隣接し、足尾銅山鉱毒事件と生涯をかけてたたかった田中正造氏らとゆかりの深い場所である。私たちはこの先達たちに「私たちも頑張っています」といえるだけのものをつくり出すべく、あえて第7回の会場にこの地を選んだ。

環境自治体会議にとって、相互の経験の交流が大切であり、それだけでも大事業である。また、日本の自治体の現状からすれば、自治体独自で共通の目標をつくることは著しく困難である。このことも十分承知である。そのうえで、あえて、私たちは2000年の水俣会議にむけて、環境自治体会議として共通の方向性を確立し、2010年までには日本の環境の現況を目に見えるように改革するための一歩を踏み出したいと思う。

そのために、1998年古河会議から2000年水俣会議までの2年間を、この共通の方向性を発見し同意を形成する期間とし、全国数カ所でテーマ毎のワークショップを開催しながら、各地の自治体の環境イニシアティブに学び、その実践を日本そして世界にひろめていきたい。

第7回会議に参加した私たちは、それぞれにこの決意を固め、2年後の水俣会議でその成果をもちよることを、ここに誓うものである。

1998年5月22日 第7回環境自治体会議 古河会議 参加者一同