野辺地会議宣言

第6回環境自治体会議[野辺地会議]の歴史的な意味は、おそらく、より遠い将来において、正確に評価されることになるであろう。なぜなら、ここで討議された内容はあまりに大きく、またこの地域が抱えている問題はあまりにも根深いからである。

1997年5月21日から3日間、下北半島の付け根のまち・のへじに、日本各地から500人を越える人びとが集まった。参加者は、ほぼすべての都道府県にわたり、市町村の数で120を越え、自治体の市長・町長・村長など代表者50人を数えた。

討議の主題は、<先史の心から21世紀を見つめて>であった。現代文明よりはるかに長期にわたって続いた縄文社会に学びながら、今日的な意味での<持続可能な社会>のあり方を模索した。このテーマを根本的に問ううえで、三内丸山遺跡と核燃サイクル施設の間に位置する野辺地町ほどふさわしい土地はなかったといえる。

考えてみるに、日本の地域開発の歴史は、力の強い地域が力の弱い地域に迷惑であったり危険であったりする施設を押しつけてきた歴史でもある。沖縄の基地、各地の廃棄物処分場、原子力施設すべてのこのことは共通する。一方で、歴史はまた次のような教訓を残している。犠牲を強いられた地域がその苦渋の中から新しい文化を生み出してきて発展し、犠牲を強いた地域がその構造ゆえに衰弱するということである。

力の弱い地域とは、金銭の多寡や人口の量でその力をはかってのことである。実は、その力の弱い地域自然の豊かな地域であり個性の豊富な文化をはぐくんできた地域でもある。そこにこそ、今日の社会を<持続可能な社会>に転換させる無限の可能性が秘められている。

私たちは、この会議でエネルギー、水、森、雪という自然の条件や、農漁業、廃棄物、クルマのあり方そして、相互の交流のあり方について真剣に議論を尽くした。市民、議員、職員、研究者そして企業の人にまじって、自治体の代表者がその互いの垣根を取り払ってヒザをつき合わせた。そのどのテーマでも、現代の文明は病んでおり、現代のシステムは環境問題に適応できないことがより鮮明になった。それと同時に、この危機を克服するため、さまざまな具体的努力が地域で実践され、多くの場合、自治体がそのリード役になりつつあることが発見された。

今年の12月には、21世紀の地球環境の未来を決するという温暖化に関する国際会議が京都で開催される。私たちはこの会議を成功させたいと思う。しかし、どんな立派な国際会議が開かれ、素晴らしい結論が導き出されたとしても、そのことが地域で実践されなければ空文である。まさに自治体こそがキイなのである。

いまはまだ声高に宣言する自信はないが、私たちは、この環境自治体会議〔野辺地会議〕が、日本の市民社会に転機をもたらし、豊かな自然の恵みを大切にするシステムへと大転換することを夢見る。また、そのために具体的な実践活動に全力を尽くすことをここに表すものである。

以上、宣言する。

1997年5月23日
第6回環境自治体会議〔野辺地会議〕参加者一同