
環境自治体会議全国大会は3日間開かれる。1日目は午後からで、首長の討論、総会、特別セッションである。2日目は分科会で11分科会が開催され、夜は交流会である。3日目は午前中のみで分科会報告、東海村宣言を採択するというのが大まかなスケジュールである。
環境自治体会議のほとんどのスタッフは前日の火曜日から東海村に入っているが、僕は大学の授業などがあるので当日に入った。11:25東海駅着。改札を出るといきなり「環境自治体会議へご参加ですか?」と声をかけられ、地元スタッフの方が会場までのバスや自転車の案内をしてくれた。天気がいいので自転車で行くことにする。「エコりん号」といって村で導入されている共用自転車である。会場の文化センターまでの経路に30mおきぐらいに環境自治体会議の旗が立ててあるのでわかりやすい。会場に着いて村上村長にそのことに感謝したら、アーチもかけたかったとおっしゃっていた。
会場で事務局控室に行くと、須田さん(環境自治体会議事務局長)と環境自治体会議の共同代表のひとりである北海道斜里町の午来町長がいらした。3人で別棟へ昼食を取りに行く。午来町長は3人いる共同代表の中でいつも全国大会に出てきて下さる方だ。須田さんが町長に「あの雄大な斜里岳はすばらしい」と言う。僕も新婚旅行も含め、斜里町に3回行っているが、知床半島は素晴らしいところである。
昼食を取っていると見覚えのあるアロハシャツを着た集団が隣のテーブルで食事を取っている。来年全国大会開催予定の鹿児島県指宿(いぶすき)市の職員の方々だ。久しぶりに生活環境課のAさんやSさんとお会いする。指宿は環境基本計画策定の委員をやったこともあり、これまで4~5回行っている。セッション会場に戻ると田原迫(たわらざこ)指宿市長が居り、向こうから握手を求めてきた。田原迫市長は環境自治体会議の会員自治体の中でも出色の市長である。サラリーマンを辞めて家業のホテルを継いだ後、市長に当選した方である。この1月に1市2町での合併を控えている。
玄関前でうろついていると、今度は茨城県古河市の小久保市長にお会いした。地球環境課のHさんも健在だ。古河市とは自転車のまちづくり計画や環境基本計画策定のお手伝いをするなど7年ぐらいのお付きあいになる。古河市も1市2町での合併を控えている。毎年議員全員を含む40名程度で全国大会に来てくれる。教育長さんや新しい環境部長さんも紹介された。ロビーでは共同代表のひとりである東京都日野市の馬場市長ともお会いした。昨年の日野市環境基本計画改訂の市民会議発足式以来である。また京都府八幡市環境保全課のN課長や八幡市民のN♀さんともあった。N♀さんは僕の会員自治体訪問記を読んでおられて、八幡市の訪問記に「『N♀さんはいつも元気だ』じゃなくて『N♀さんはいつも綺麗だ』って書かなきゃだめよ」と茶目っ気たっぷりに言われた。
そうこうしているうちにメイン会場内では地元の弦楽合奏のグループの演奏があった。僕は5年前まで15年ぐらい市民オーケストラに入っていたので、地元の方々の生演奏が聴けて嬉しかった。環境自治体会議の開会にあたり斜里町の午来町長がスピーチをされた。最近の環境自治体会議事務局の活動状況の紹介まで盛り込んでいただき、しっかりとしたいいスピーチだった。地元の手話サークルの方々が手話通訳をしてくれる。これは最終日まで続いたが、難しいスピーチをよく通訳できるものだと毎年感心する。
続いて、大阪府枚方市の中司(なかつか)市長の司会で元気の出る自治体の首長が集まってパネルディスカッションが始まる。大変充実した議論だった。パネリストの一人、千葉県我孫子市の福嶋市長は僕の大学の2年先輩で、4年ほど前我孫子市の研修の講師でたまたま呼ばれたときに面会し、それをきっかけに会員になってもらった。あの辛口の須田さんが福嶋市長の話を褒めていた。須田さんは中司市長の名司会ぶりも褒めていた。
続いて山形県遊佐町の小野寺町長の司会で、農業に取り組む自治体のパネルディスカッションが始まった。北海道士幌町の小林町長や日野市の馬場市長、愛媛県内子町の河内(こうち)町長など、なじみの深い方々の充実したトークが聞けた。
話が白熱して予定の時間を30分オーバーして6時前に終了し、隣の中央公民館に環境自治体会議総会のため急ぐ。全国大会3日間の準備は、ほとんど東海村のスタッフが仕切ってくれるが、総会だけは東京の事務局が仕切らなければならない仕事である。首長さんなど特別職の皆さんは達はロの字型の机に座り、職員の方々はオブザーバー席に座るといった配置である。須田さんによる首長紹介に続き、午来町長の司会で議事が始まる。続いて増原くんと僕で手分けして昨年度の活動報告や今年の活動予定、決算・予算について説明する。環境自治体会議の苦しい財政事情に同情する東海村の村上村長の発言が毎年あるのだが、今年はホスト役だからか特に発言がなく、異議なしの声であっけなく決まってしまった。また再来年の開催地も愛媛県内子町に決まった。
総会が終わり、その場で夕食になる。僕は後ろに下がって職員のオブザーバー席で弁当をいただく。結構のボリュームで食べきれない。水俣市環境政策室長のK♀さんの隣に座って、最近のISOの市民監査の状況などについていろいろ話を伺った。市民監査の研修をしてくれる方がおられるそうで、それなりにうまくいっているようだ。Kさんと話し込んでいるとあっという間に誰もいなくなってスタッフだけになってしまった。夜の特別セッションは水俣前市長の吉井さんと村上村長の対談である。二人の話も良かったが、聞き役の電力中央研究所の土屋さんの司会も良かった。
今日のスタッフの宿は、「遊悠館」という高台にある温泉保養施設である。本来水曜日は定休日なのだそうだが、我々のために開けてもらっていた。着いて早速風呂に行くと一足早く東北芸術工科大学の三浦先生が出てきたところだった。三浦先生には明日の温暖化の分科会のコーディネータをお願いしており、市町村別CO2排出量算定プロジェクトでも面倒をみていただいたり大変お世話になっている。風呂は色の真っ黒い湯だった。
風呂から上がり、大広間に集まって宴会である。宿にはスタッフの他、コーディネータをお願いしている方など環境自治体会議になじみの深い方々が同宿する。これらの方々とじっくり話ができるのが何よりの楽しみである。三浦先生の車に同乗してきた山形県高畠町住民生活課環境対策室のM♀さんと4年ぶりに再会する。Mさんは僕が高畠にお伺いしたその年に、旧知のS♀さんと入れ替わって環境セクションに異動してきた方である。明日の第1分科会で省エネキャンペーンの報告をしてくれる。環境基本計画の推進組織である環境にやさしいまちづくり町民会議の町民の人たちと、省エネキャンペーンのちらしを作ったり、ラジオ放送の宣伝を録音したり、劇をやったり、町民の方々の力をうまく引き出しておられる。上司を納得させるのもうまい。異動してきた当初は苦労しながらやっていたそうだが、ある時から「楽しんでやればいいんだ」と吹っ切れたそうだ。今やっていることも実に楽しそうに話してくれた。僕がいろいろ苦労していることを話すと「中口さんも楽しんでやればいいのよ!」とアドバイスしてくれた。

2日目は僕は第1分科会の温暖化のところで話題提供をしなければならない。三浦先生のコーディネートで、午前中は高畠町のMさんや川口環境市民会議代表のA♀さんらの充実した発表が続いた。コメンテータは勝山市の山岸市長である。昼休みのとき、僕が事故の前の京福電鉄で勝山に行ったことを話すと、「今はきれいになっているんですよ」と京福電鉄を沿線自治体で支援している様子などを聞かせてくれた。
昼食後、第1分科会参加者で県の原子力資料館に視察に行った。放射線がさまざまな場面で使われていることを説明した施設であった。ここで京都府八幡市環境保全課のHさん、北海道士幌町総務課のYさんと再会する。
午後のセッションではNPO豊中アジェンダ21事務局長の井上さんなどの話題提供が続く。最後の話題提供は大阪府箕面市の藤沢市長である。去年の8月に当選したばかりで、環境自治体会議に興味を持ってくれごく最近入会していただいた。市長自ら箕面のアジェンダについてスラスラ話ができるのはすごい。LAS-Eのことを言うと興味を持ってくれ、今度説明に伺うことを約束して別れた。
夜の交流会は文化センター近くの体育館で盛大に行われた。刺身などを除いては、ほとんど手作りである。どれも大変おいしかった。東海村でボランティアネットワークの副会長をやっているという女性の村民の方2名とお話しする。東海村で素晴らしい全国大会を開けたのは、この方々のおかげである。通りかかった村上村長に「良い村民に恵まれて村長は幸せですね」と声をかけ「これからも村長にはっぱをかけてやってください」とお願いする。
それから枚方市の中司市長やその隣の交野(かたの)市の仲田市長らと懇談。中司市長の初日の名司会のお礼を述べた。枚方市は環境保全課のN♀さんをはじめ、女性の方が数人お見えになっていた。交野市は会員ではないのだが、枚方市長に誘われて来てくださった。LAS-Eに興味を持ってくれていて、今度説明をしに行く旨お約束する。第10分科会で話題提供していただいた大阪府豊中市のKさんとは初対面である。今は亡き川崎さんとはタイプは違うが、非常に実直で誠実そうな方だった。
秋田県二ツ井町の丸岡町長には比内鳥の薫製をごちそうになる。この1月に能代市と合併するが、その後の身の振り方は秘密だそうだ。産業技術総合研究所の栗島さんとも懇談。分科会のときに僕の発表に質問してくれた。産業技術総合研究所はLCA研究のメッカである。筑波の地球科学系大学院で地理を学ばれたそうだ。少し離れたところには東京都日野市の市民会議のN♀さん、I♀さん、Y♀さんやK部長などが一団となっていた。日野市の環境基本計画見直し作業についてはこのホームページで詳しく書いているが、そのなじみの皆さんが全国大会に来ていただけるのは大変有り難い。
それから愛媛県内子町のK♀さんと4年ぶりぐらいに再会。Kさんは1年間ドイツに行かれていて、役場に戻ってから1年ちょっとである。この1月に他の2町と合併し、旧環境整備課は環境整備班になった。内子町は前から環境マネジメントシステムを独自で入れており、2回ほど研修の講師でお邪魔している。Kさんは来月ドイツ姉妹都市?で内子町の宣伝をするそうで、またドイツへ行くそうだ。1年向こうに行っていたことが生かせるのは聞いている方も嬉しい。KさんはLAS-Eの導入を考えてくれていて、町長も導入すると言ったとのこと。8月にお伺いすることを約束した。
長崎大学環境科学部の中村研究室の2人の女性とも再会する。そのうちの一人、Eさんはこれからいわき市の実家に帰るという。それから大阪府箕面市の市議会議員のK♀さんとは初対面。箕面市の政治状況の話などを聞くことができ、今度箕面へ行くときの心の準備ができた。
そうこうするうちに交流会はあっという間に終わってしまった。今夜の宿も、「遊悠館」である。風呂から上がり、大広間に集まってまた宴会である。最初は人がまばらでK夫妻と話をする。夫婦揃って長野県松本市で環境活動をやっているのはうらやましい。だんだん人が集まってきて今日から新たなメンツが加わったので昨日に続いて自己紹介をやる。我々の仕事をいつも手伝ってくれている中島大さんが場を取り仕切って面白い。森のエネルギー研究所の大場さんは瞬間芸を披露した。エココミュニケーションセンターの森良さんは得意の歌を披露したが、披露ならぬ疲労がたまっていたのか、そのうち沈没してしまった。いつしか話題は分科会のことになり、ボランティアの大学生などが第1分科会から順に印象に残ったことを報告する。その報告が面白くないと中島さんが茶々を入れ、それにまた別の人間が茶々を入れるというやりとりになって、たびたび爆笑や苦笑の輪が広がった。あっという間に12時になり、2日目の宴会はお開きになった。

3日目朝、朝食を取っているときに昨日第1分科会で話題提供をお願いした川口環境市民会議のA♀さんと隣り合わせになった。昨日話をしていたエコライフDAYをここまでにした苦労話などを聞いた。その努力は並大抵のものではなく、またAさんの能力の高さには感服した。川口は大学に近いので興味のある学生がいたら手伝いに行かせたい旨などを申し上げた。
「遊悠館」から出発し3日目の全体会の会場である文化センターに行くと、ロビーで環境マネジメントの第10分科会でコメンテータをお願いした愛知県新城(しんしろ)市環境課のK課長と再会した。昨日の分科会では新城市では市民参加で環境マネジメントをやるのは難しいそうなことをコメントしたと伺っていたのだが、「新城にも監査のできそうな良い市民がいるじゃないですか。宮崎県綾町の町民監査員は5人全員女性ですよ」と言うと、多少心変わりしたのか「じゃあやってみようかな」とおっしゃっていた。
村の実行委員の皆さんによる分科会の報告が始まる。2階席の一番後ろからそっと会場にはいると、兵庫県伊丹市環境保全課のF♀さんがいたのでその隣に座った。Fさんとは去年の9月に僕がLAS-Eの説明に伊丹市を訪れて知り合った。伊丹市は今年度環境自治体会議の会員になり、何とか旅費を捻出して東海村まで来ていただいた。僕が知っている自治体職員の中でも、その聡明さは際だっている。分科会の報告を聞いて、Fさんが隣からしばしば話しかけるのだが、そのコメントがいちいち鋭く、感服する。
東海村宣言が採択され、次回開催地の指宿市のPRに続いて、地元の皆さんのミュージカル、実行委員の村民の皆さんが壇上に並んでの「手のひらを太陽に」の合唱。最も感動する瞬間である。いよいよ閉会となり、ロビーでいろんな方々と再会を誓い合って挨拶する。村上村長とも、がっちり握手し、深くお礼を申し上げた。
いつもならこの後、首長やスタッフの方々と昼食をともにして労をねぎらい合うのだが、あいにく環境省の研究事業の報告書の期限が目前に迫っており、今日は一足お先に失礼することにする。
東京で戻る電車でまたFさんと一緒になった。Fさんは伊丹市役所に入庁してまず環境保全課に配属され、水道局水質担当に異動、そしてまた環境保全課に戻ってきた方である。市町村レベルの環境セクションは苦情対応で忙殺されることが多く、苦情処理は女性には難しい仕事だと思うのだが、Fさんはそれを厭わず、むしろ現場に積極的に関わってこそ真の政策を進められるという信念を持っているようだ。机の上だけで作った色刷りの計画書やコンサルが表紙だけ付け替えた計画書などは信用していない方で、その姿勢には大いに共感できる。今年から導入する環境マネジメントシステムの担当でもあるのだが、伊丹市は人口19万と大きい市なので我々が今までサポートしてきた市町村より何倍も大変だろう。しかしFさんのキャリアと信念が伊丹市の中で生き、実効ある環境マネジメントシステムがきっと出来上がると信じている。伊丹市にまた応援に行きたいと思う。
全国大会の終わった後は、いつもハイな気分になる。いろんな人からいろんな話を聞けたことが嬉しく、話した内容が頭の中をグルグル何遍も回る。この日も結局仕事が手に就かず、また寝付けなかった。眠りに落ちたのは午前4時過ぎだった・・・。










