原子力発祥地」で環境を議論しよう!

13回環境自治体会議東海村会議  2005525日(水)〜27日(金)

 京都議定書が発効され、自治体温暖化対策はいよいよ待ったなし、廃棄物政策も農政改革も一大転換期を迎えようとしています。地域の環境状況を客観的に評価し、どこにどのような順序で政策を打っていくのか、総合的なプランニングが急務です。環境政策のターニングポイントとなる2005年の環境自治体会議、東海村で、今まで以上に白熱した議論が交わされます!
 5/2527はぜひ東海村へお越しください!

茨城県東海村はこんな村です
 ◎ 原子力とともに歩んできた村
 「原子力発祥の地」として知られる茨城県東海村――。農業を基幹産業としてきた東海村に1957年、日本初の「原子の火」が灯されて以来、東海村は原子力とともに歴史を歩んできました。現在、村には、日本原子力研究所東海研究所のほかに日本原子力発電東海第二発電所、核燃料サイクル開発機構や、三菱原子燃料東海製作所をはじめとする原子力関連事業所・研究所が10あり、住民の約3分の1がれら原子力関連事業所に勤務しています。

 ◎ 史上最悪の臨界事故が環境政策の分岐点に
 1999年9月30日、村内のウラン加工施設「JCO東海事業所」で起こった臨界事故は、国内にとどまらず世界中に強い衝撃を与えました。防護服を着た警察官が沿道に立ち通行規制を行う様子や、役場に設置された災害対策本部で村長が陣頭指揮を執る様子は、連日、メディアを通じて全国に報道されました。
 住民を含め666名の被者を出した当事故は、その後の東海村の環境行政を大きく転換させました。事故の翌年である2000年5月、水俣市で開かれた第9回環境自治体会議の分科会報告にて、村上達也・東海村長は「環境というと、漠然とした自然環境や、“石けん”と“洗剤”の違いというくらいの認識」だったと、当時を振り返っています。しかし臨界事故を契機に、「環境とエネルギー」は東海村の未来を語る上での重要なキーワードとなります。「原子力を全面否定はしない。しかし、それが廃止されるという仮説を立てた上で、自然エネルギーの推進に向けてチャレンジしなければ、未来は何も変わらない」(村上村長)との姿勢を打ち出すとともに、地域のエネルギー政策推進に向けて家庭・事業所の実態調査を行うなど、わずか5年の間に積極的な取り組みをいくつも始動させました。また、風評被害にあった地域農業のマイナスイメージを克服するためには、安心・安全な環境にやさしい東海村へのイメージチェンジが不可欠との自覚から、有機農業の推進にも力を注いでいます。200010月には環境自治体会議に自治体会員として加盟、地域の環境団体などとも活発な交流を進めています。

◎「原子力発祥地 東海村」で環境自治体会議を!
 東海村会議の開催にあたっては、地域の住民、事業者などから構成される実行委員会が昨年月に設立され、企画委員会も含めすでに10回の会合がもたれています。

 当初、会議の呼び名を「とうかい会議」とする案も提案されたのですが、多数の住民委員より、「“とうかい”などと名称をぼかしてしまうのでなく、『原子力発祥地 東海村』で環境の会議をするのだということをきちんと打ち出したい」「原子力の是非論ではなく、目の前の現実と向き合う中から環境の将来像について語れるような会議にしたい」という意見が出され、満場一致で「東海村会議」とすることに決まりました。
 理想的な環境像を心に描きつつも、誰しもが現実と理想とのせめぎ合いの中から、始めの一歩を踏み出さなくてはなりません。環境問題に取り組む者の抱えるジレンマと現実について、率直な議論が交わせる場をつくり出したい――、東海村で環境自治体会議を開くことの意義はそこにあります。
 ぜひ5月の東海村会議にご参加ください!
 互いの知恵と思いを交流させ、新たなエネルギーを生み出しましょう。